宝塚を受験してみた…そして落ちた。2回も。

雑記

宝塚を受験したことがあります。
そういえばそんなこともあったな〜なんていう程度の思い出ですが。
そう、大昔の話です。

昨日ふと思い出してしまいました。
今思えば、なかなかエキサイティングな経験だったので、まだ少しでも思い出せるうちに何かに残すのもいいかと思ったので、少し綴ってみようと思います。

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祖母の代からの宝塚ファンが受験するまで

祖母、母共に宝塚ファンで、私も小さい頃から連れて行ってもらって観劇していましたが、特に小さい頃からバレエや声楽を習っていたわけではなかったです。
(バレエや声楽は受験科目なのです)
ただただ好きで、時々連れて行ってもらえるのを楽しみにしているくらいでした。

そんな私も高校生になり、進路というものを考えなければいけない年頃になりました。
その頃からぼーっとしていて(今もそうしているのが好きですが)、将来どうしたいのか?なんて想像もつかなかったのですが、ふと「宝塚っていいな」と考えるようになりました。

宝塚音楽学校

ご存知の方には”何を今更”な情報なのですが、宝塚歌劇団の舞台に立ちたければ、宝塚音楽学校という専門の教育機関を卒業する必要があります。
すなわち「宝塚に受かる」ということは「宝塚音楽学校の入学試験に合格する」ということになり、これ以外のルートで宝塚の舞台に立つことはあり得ないのです。

この学校は2年制の学校で、受験資格は中学卒業、高校卒業、あるいは高校在学中の女子となっています。
試験は年度末の3月末ごろに年1回行われる為、中学卒業時から受験すれば人生で4回チャンスがあるということになります。
(4回目で受かるということがあるのかどうか謎ですが…)
なので、高校卒業時に受験しようと思ったら、落ちた時の選択肢として大学受験や就職活動と並行して受験準備をする必要があるわけです。

私が受験したのは高二終了時と高校卒業時の2回です。

当時倍率が40倍近く(今はもう少し落ち着いているようですがそれでも数十倍とか)と言われていましたので、落ちる確率の方がはるかに高いわけで…。
そうでなくても容姿、才能共に落ちる確率の方がはるかに高かった私はほとんど「記念受験」のおもむきでした(笑)

記念受験って言葉は一般的かどうかわかりませんが、多分受からないだろうけど記念のつもりで一応受けてみる、ということです。

中には本当に何のレッスンもせずに素材そのままで勝負するつもりのツワモノもいたようですが、さすがに私にはその度胸もなく、何とか付け焼き刃でもレッスンを受けさせてもらえるよう親に頼み込みました。

付け焼き刃のレッスン

当時は一次試験、二次試験共に面接・声楽・バレエ(名前は歌唱と舞踏だったかもしれないです)でしたので、どちらも経験がない私はとにかく近所でレッスンをしているところを探すということから始めました。

ぼーっとしている女の子だった私が、珍しく自発的な行動を起こした記念すべき一歩だったと思います(笑)
確か近所の楽器屋さんに行って、声楽のレッスンをされている先生を紹介してもらったと思います。
もう記憶が曖昧なのですが、声楽のレッスンを受けた記憶はほんの数回。
もしかすると1回目の受験では楽譜が読めるということでたかをくくって、声楽のレッスンを全く受けずに受験したかもしれません。
(ピアノは小さい頃から習っていたので、楽譜は読めるのでした)

バレエを習ったのはトータルで数年でした。

未だに覚えているのですが、声楽の先生に「あなたはまだ落ち着いてるからいいわぁ。他の受験者の子でナーバスになって大変な子がいるのよ〜」なんて話を聞いたことがあります。
それって、ちょっと私に情熱が足りないのかも…なんて自覚させられる話でしたが。

音楽学校の校内に足を踏み入れる!

関西は一次試験から宝塚音楽学校で行われました。
”あの”音楽学校の中に足を踏み入れることができるのです!
(関東の受験者は残念ながら違うのです)
そして試験のお手伝いを本科生(2年生)がしてくださるという!
(その時点の本科生は直前まで予科生(1年生)だった学年の方。その上の学年の方は卒業されている…はず)

わあ、本物だぁ…なんて圧倒されました。
正直、それだけでもお腹いっぱいの感もありました(笑)

受験者の控え室は広い部屋で机も特になく(あったかな?でも少なかったと思う)、みんなが思い思いにバーっと床に荷物を広げて着替えたり、柔軟をしたりしています。

本科に知り合いがいる受験者の方は髪型や服装などのアドバイスを個別に受けていたり、差し入れを貰っていたりもして、「もう”宝塚”が始まってる!」なんて思ったりして、芸事といえばピアノくらいしか経験のない私には、とてもエキサイティングな状況でした。

とにかく、顔に髪が一筋でもかからないこと、下着のはみ出しには特に気をつけること、などの諸注意を受けました。(受験時の服装は黒いレオタード1枚!正直廊下なんかは寒かったです)

いよいよ試験!

(私が受験したのは大昔なので「昔はそうだったんだ」くらいにとどめておいてください)

声楽の試験は初見の歌唱と、課題曲から1曲、共に短いフレーズであっという間に終わりました。

バレエは短い振り付けを受けて踊るのですが、初めに本科生の見本があり、そのあと2回ほど練習のチャンスがあって試験という形だったと記憶しています。
(一人ずつではなく、何人かで一斉に踊る)
試験中でも斜め前で本科生の方が踊ってくださるので振り覚えが悪くても大丈夫…というか、振り覚えの速さよりもダンスの素質を見られているという感じがしました。

面接は数名で横一列に並んで正面、横顔などを見られた上で、自己紹介と短い受け答えがあったかなかったか…(面接官の方が気になった方だけに声をかけていた気もします)。
面接官は宝塚ファンならみんな知っている演出の先生方がずらっと並んでおられるので、それも感慨深いものでした。

面接室に入る前、ドアの開け閉め担当の本科生の方が優しい方で、ガチガチに緊張している私たち受験生に「面接の◯◯先生は優しい方なので大丈夫ですよ」と声をかけてくださったのが嬉しかったです。
そういうことって何年経っても忘れないですね〜。

どれも試験自体は短い時間で、あっという間に終わったという印象でした。
校舎の入り口で受付を担当されていた本科生の方が「やっぱり受験番号一番の人は一番早く終わるんだね〜」みたいに話されていたことを、未だに覚えています(笑)


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そして、不合格

まあ、一次試験で落ちました。2回とも。
まあ、自分自身も思った通りにダイエットすらできなかったし、何より試験場で「こういう人が受かるんだな〜」みたいな”いかにも”な人を沢山目にしたので本当にしょうがないんですけどね。

わかってはいるのですが、当時まだ私も10代の女の子。
「もう、将来やりたいことなんて他には何にもない!」なんてちょっと投げやりになったりもしました。

その後、祖母(前述の宝塚ファンの)が「傷心旅行」に連れて行ってくれたり(珍道中でめちゃくちゃ楽しかった!)、親には大学に進学させてもらったりで、全然恵まれてはいるのですが。
(ほんと、今思えば「何ふてくされてんだ!」って感じです)

その後、舞台への気持ちはどこへ向かったか?

目標も希望も(笑)何にもない、くらいの気持ちで行った大学で最初の1年は、の〜んびり過ごしました。
部活動もなくなったし、特にサークルにも入らなかったので、高校よりも時間の余裕ができました。
バレエの方は優しいお仲間に慰められながら「せっかくだから次の発表会に出たら?」と背中を押してもらい、そこまではレッスンを続けました。

社会人劇団

そんなある時、社会人劇団の募集にふと興味を持って見学に行き、入団することになりました。(学生時代から入っていました)
なんだかんだで、結局10年以上やっていました。
想像通り、舞台に立って演じることは大変楽しく、夢中になれることだったのですがその他にも作る楽しさを知ったことが大きかったです。

一応、オリジナルのミュージカルをやっていたのですが、製作も自分たちでするのでそれが本当に楽しかったんです。

私は音楽(作曲・カラオケ作成)とショー構成の担当でしたが、他に脚本担当や、衣装製作担当、振り付け担当のメンバーなど、それぞれ分担を持っていて、そこで「作る楽しさと喜び」を知りました。

メンバーが書いた脚本に私が曲を書いて、また脚本担当が歌詞を書き、振り付け担当のメンバーが振り付けをする…。
作る過程でも連携プレーをするんです。
また、ショー構成を作って、衣装担当のメンバーにイメージを伝えると、そのメンバーのアイデアも更に盛り込まれて想像以上の衣装が上がってくる…とか。

もちろん素人なりなのですが、それでも数年も続けていると、自分たちなりに少しずつレベルアップはしていくんです。

私の場合は自分が作った曲を他のメンバーに歌ってもらったりすることになるのですが、脚本担当のメンバーに「ここの曲、こんなんでどうかな?」って聴いてもらってOKをもらったり、「ここのハモはこんな感じで」なんてその場面に出るメンバーにちょっとニヤニヤしながら楽譜を渡す、とかそういうのが、想像以上に楽しいものでした。

更に、当時はそういう劇団が他にもたくさんあって、劇団同士の交流も結構あったので、それも楽しくて…。
劇団の垣根を超えてユニットで公演を打つ、なんてことにも発展しました。
元々人見知りだった私がそんなに活動的になったのは、自分でも驚きです。

結局…

その時初めて「宝塚落ちてよかったのかな」と思えました。
この楽しさは受かってたら味わえなかったな、と。

更にもっと年月が経った今では「結局、受かっても受からなくってもどっちでもよかったんだな」と思えます。

受かった先にどんな経験が待っていたのかは、私には知るすべもありませんが、受からなくても面白いこと、夢中になれることは一杯ありました。

残念ながらその”どちらも”を経験することはできません。

それに、受かったとしてももうとっくに辞めているであろう年齢になっていることにも気付きました。(もっと前の話ですが)
そうしたらまた”振り出しに戻る”じゃないけど、また何をするか悩むんだろうなと思ったのです。

数年前のことなのですが、ある職場で社内資格を取るための研修・試験で宝塚のOGの方とご一緒しました。(全国の就業先から東京の本社で資格を取得すべく集まって来ていたので、その方とは別の就業先でしたが)
私より全然若い方で、おそらく受かったものの、早くに辞められたのだと思いました。

また、劇団活動をしていく中で「私も宝塚受けたかったな〜」という人にもたくさん出会いました。
知った時にはもう年齢がオーバーしていたという方が多いです。
考えてみれば、中卒〜高卒までの4年間の話ですから、全く間に合わなかった方もたくさんおられるでしょう。
そう考えれば、受験を経験できたのもラッキーでした。
受けたかったな〜、よりも、受けたけどダメだったな〜の方が諦めがつきますから。

そうしたらもう、どっちがいいとか悪いとかないな、と。
もちろん、思った通りにことが運ばないことが多い世の中で、もし願いが叶ったら、それはもう思いっきり楽しむべきだとは思います。
でも、そうでなくても大丈夫。

世の中は広いし、自分が知っていることなんてたかが知れてる。
自分のまだ知らないことを楽しむためには、あんまり「こうじゃなきゃ!」なんて思い込まない方がいいのかもしれません。

いくつか「楽しそうな種」を撒いておいて、どれが育つかな〜くらいの軽い気持ちでいるのがいいかな、なんて今は思います。

何かに打ち込むことは素敵!

私の受験経験が大昔のことでしたので、今はどうなのか少し調べてみましたが、現在は三次試験まであるようですね。
但し、一次試験は面接のみで実技がないので、レッスン経験がなくても素質で見込まれる可能性がまだあるし、大多数が落ちてしまう一次試験とそれ以降の試験で受験料が分かれているのも良心的だと思いました。

今月半ばから平成30年度の願書の販売も始まったようですし、受験される方は思いっきりぶつかってきていただきたいと思います。
とてもエキサイティングな経験になると思いますので!

余談ですが…

倍率が数十倍ですから、受かった人数(40人強くらいかと記憶しています)の数十倍の不合格者が、それも毎年”量産”されるわけですから、宝塚を落ちた人って結構世の中にいると思うんですよね。
あんまり口にしないかもしれないですが。
ほんと、一回集まって語りたいです(笑)

2018.10.22追記:歌がお好きな方♪

宝塚が好きで歌がお好きな方。
せっかくですからちょっと歌っていかれませんか?(笑)
「うたかたの恋」「エリザベート」などもあります。

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コメント

  1. 永原っち より:

    こんにちは。
    たまたま記事を見つけたのでコメントさせていただきます。
    実は私の友達が明日、宝塚受験なので私までドキドキしています。
    今は4次試験まであるそうで、1次試験は試験官の前で名前と番号を言うだけ…!
    全国から1000人以上が受けて、その最初の1次試験だけで半数が落ちるそうです汗
    ですから、はるさんは1次試験から実技を見せたり、在校生の方に会えたりと非常に良い経験をされたと思います✨友達が羨ましがると思いますw

    • はる より:

      永原っちさま

      こんにちは。コメントをありがとうございます(^ ^)
      お友達、明日ですか!!
なんだか私までドキドキしてきました…。
      そして、今は4次試験まであるんですか!?なんとまあ!
      その名前と番号を言うだけの1次試験が酷というか、なんというか…。
せっかく行ってるのだから、もう少しアピールできるチャンスが欲しいところですよね。
      私が受けた時代はまだ良かったんですね。諦めがつきますから…。
お友達のご健闘をお祈りしています!

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